
ここでは、隅田川花火大会についてご紹介します。
この大会は、1732年に発生した大飢饉とコレラの死者を弔うため、
1733年、両国の川開きに花火を催したのが始まりとされています。
この当時は20発前後の花火で、かなりのんびりとしたものでした。
打ち上げは最初期は鍵屋が担当したが、1810年に鍵屋の分家の玉屋
(創業者は玉屋清吉、のちの玉屋市兵衛)が創業し、2業者体制となり、
双方が腕を競いあっていました。
鍵屋と玉屋は異なる打ち揚げ場所から交互に花火を揚げたため、
観客は双方の花火が上がったところで、よいと感じた業者の名を呼びました。
これが、花火見物でおなじみの「たまやー」「かぎやー」の掛け声の由来と、
いわれています。
当時評判がよかったのは玉屋のほうで、「玉やだと又またぬかすわと鍵や云ひ」と
川柳にあるように、玉屋の掛け声ばかりで鍵屋の名を呼ぶものがいない、
といわれた時代もありました。
ただし、玉屋は1843年に火災を起こし、江戸処払いを命じられ、1代限りで断絶した。
ただし、その後も江戸のすぐ近くで細々と営業していたという説もあります。
両国川開きの花火は、1978年(昭和53年)に現在の名称として復活し、以後毎年続けられています。
毎年100万人近い人出が見込まれるこの大会は、桜橋下流から言問橋上流までの
第1会場と、駒形橋下流から厩橋上流の第2会場合計で2万発の花火が打ち上がり、
同時に、花火コンクールが行われている。
なお、この模様はテレビ東京だけで放送されていて、2007年は30周年を記念し
2万2千発と通常より2千発も多い花火を打ち上げました。
2007年は7月28日のみの開催で、当日雨天や強風の場合順延は行わない
(事実上中止となる)。
これは29日が第21回参議院議員通常選挙で投票所が花火大会会場内にあるため
安全上の理由によるもの。
花火の歴史と両国にはこの土地の風土が現れているんですね。
毎年、花火を近くで見物したい方は、このあたりにマイホームを建てて、
ゆっくりのんびり家の窓から眺めるのもいいですね。